金山泉

金山泉
金山泉, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=799693 / CC BY SA 3.0

#毎日放送のアナウンサー
#中京テレビのアナウンサー
#スポーツアナウンサー
#成城大学出身の人物
#新潟県出身の人物
#1982年生
#存命人物
金山 泉(かなやま いずみ、1982年6月5日 – )は、毎日放送(MBS)のアナウンサー。
2006年4月1日から2009年1月31日までは、中京テレビのアナウンサーであった。
2009年2月1日付で毎日放送へ移籍してから、スポーツ中継の実況を本格的に担当。
JNN・JRN加盟局の優秀なアナウンサーを表彰するアノンシスト賞では、「テレビ・スポーツ実況部門」で2016年度と2019年度に優秀賞を受賞している。
新潟県上越市の出身で、身長177cm。
実家は、1492年に建立された浄土真宗・大谷派の由緒ある寺・照金山泉光寺(しょうきんざん せんこうじ)。
その関係で、得度の資格を有している(得度後の僧名は「釈 祥泉」)。
名前の“泉”も、同寺の名前から取られた。
ちなみに、実兄の洋祐はアミューズの社員(スポーツ文化事業部スポーツ文化事業室マネジャー)で、『プロ野球 そこそこ昔ばなし』(Amazonプライム・ビデオ)などのプロデュースを担当している。
新潟県立高田高等学校から成城大学法学部へ進学。
大学時代までは、野球部に所属していた。
高校時代には新潟県内で注目されるほどの選手だったが、浦和学院高等学校との練習試合で、当時の主戦投手だった坂元弥太郎・大竹寛に歯が立たなかった。
この対戦をきっかけに、将来の目標をプロ野球選手からアナウンサーに変更したという。
大学卒業後の2006年に、プロ野球中継の実況を志しながら、アナウンサーとして中京テレビに入社。
その結果、新潟県出身者で初めて大学野球を経てアナウンサーになった。
同期入社のアナウンサーに我妻絵美が、NNN・NNS系列局では虎谷温子(読売テレビ、入社当時の先輩アナ・神ひろしと同じ青森県出身、当時の後輩アナ・鹿内美沙と同じ同県弘前市、青森県立弘前高等学校の先輩)がいる。
しかし、毎日放送(前述・虎谷が勤務している読売テレビと同じ在阪民放他局)によるスポーツアナウンサーの中途採用 へ応じたことから、2009年1月末日で中京テレビを退社。
同年2月に毎日放送へ移籍した。
移籍に踏み切ったのは、中日ドラゴンズのホームゲーム中継権を持たない中京テレビのプロ野球中継では、スポーツアナウンサーの出演機会がビジターゲーム中継での中日側ベンチリポートに限られていることによる。
毎日放送への入社後に初めて出演したのは、2009年2月7日にMBSラジオで放送された『INO-KONボンバイエ』。
初めてのラジオ出演ながら、生放送中に読経を披露したり、東京ヤクルトスワローズのファンであることを明かしたりした。
その一方で、翌3月開幕の第81回選抜高等学校野球大会テレビ中継での実況デビューが入社の条件に定められていたことから、入社の翌日(2月2日)から赤木誠によるマンツーマン方式の実況練習に臨んでいた。
2009年のプロ野球シーズンからは、MBSラジオの『MBSタイガースナイター』を中心に、スポーツ中継のベンチリポーターや特別番組の司会を担当。
同年7月8日には、出身の新潟県で開催された広島東洋カープ×阪神タイガース戦(HARD OFF ECOスタジアム新潟)において、プロ野球中継の実況デビューを果たした。
その後は、関西ローカルのラジオ中継にとどまらず、『ニッポン放送ショウアップナイター』として関東地方でも放送される阪神戦中継(土・日曜日)の実況も担当している。
2009年のナイターオフ期間には、『MBSたびぐみ とっておき旅ラジオ』(以下『MBSたびぐみ』)の金曜日で、先輩アナウンサー・上泉雄一との共演ながらラジオパーソナリティにも本格的に挑戦。
同曜日の収録取材コーナー「金山泉のお寺探訪 拝みます」で、毎週自身の好きな寺院を巡っては、スポーツアナウンサーならではの描写力でその寺院の魅力を伝えた。
2010年1月15日から3月末までは、MBSテレビの看板情報番組『ちちんぷいぷい』金曜日17時台のVTR取材企画「週末ウォーカー」に、月に1回のペースで「金山泉のお寺探訪 拝みます」の連動企画を担当した。
ちなみに、「週末ウォーカー」の担当週には、同コーナーへの出演を終えてから『MBSたびぐみ』の生放送に臨んでいた。
2010年10月からは、MBSテレビで平日夕方に放送中のローカルニュース番組『VOICE』で、毎週月曜日にサブキャスターとして「ヴォイスポ」と「みんなde天気」を担当。
MBS…